大判例

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東京地方裁判所 昭和40年(合わ)102号・昭40年(刑わ)2414号・昭40年(刑わ)3185号・昭40年(刑わ)3187号・昭40年(刑わ)3186号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(罪となる事実)

第二、昭和四〇年一一月三〇日午後八時過頃、東京都板橋区南町一三番地平和不動産こと小加部修方階下事務所で同人所有の現金四〇〇円を窃取し、更に同人方二階の間借人和田京子(当時三六才)の居室にいたり、同女所有の現金一、一八〇円、トランジスターラジオ一台(時価四、〇〇〇円相当)および現金二〇〇円在中の貯金箱を窃取して同室を立去ろうとした際、階下南東寄りの出入口附近で人の気配を感じ、所携の鞄を右手に、階下より持ち出した骨すき庖丁一丁(刃体の長さ約一五センチメートル、昭和四一年押第七七〇号の二)を左手に持つたまま急ぎ階段を駈け降りたところ、右出入口附近で折から帰宅した同女に顔を見られ、窃盗犯人だと気付いた同女が大声で救いを求めながら右出入口ドアーを外から押えたため、被告人は逮捕を免れるために、右ドアアーを押し開けて戸外に出、被告人を捕えようとして被告人の真正面に立ち向かつて被告人の左手肘や右鞄を掴まえて離さない同女に対し、前記骨すき庖丁で胸部、腕部等を四、五回突き剌す等の暴行を加え、よつて右暴行により、通院加療約一一日間を要する左胸部、右肘関節部および左拇指の切創を負わせたものである。

(判断) 検察官は、当裁判所が判示第二に認定した事実のうち、小加部修所有の現金四〇〇円に対する窃盗を別個独立の窃盗罪とし、判示和田京子に対する傷害は専ら同女所有の現金一、一八〇円外二点に対する窃盗との関係でのみ事後強盗致傷罪を構成するものとしていることは、その記載に徴し明らかであるところ、当裁判所がこの見解を採用せず、前判示のように全体として事後強盗致傷の一罪の成立を認定した理由について説明を加える。

ところで、刑法第二三八条の事後強盗罪は、窃盗と暴行又は脅迫のいわゆる結合犯であるが、その罪数を決定する場合、単にその構成の一要素にすぎない窃盗行為のみに着目し、窃盗罪としての個数から直ちに事後強盗罪の罪数或いは、事後強盗罪として評価される窃盗の範囲等を決めるのは相当でなく、仮に窃盗罪としては各別に併合罪の関係にある場合であつても、窃盗犯人がいずれもの窃盗のため、逮捕を免れ、或いは盗品の取還を防ぐ等の目的で特定の一人に対し暴行又は脅迫をし、その暴行脅迫と各窃盗との場所的、時間的近接性或いは暴行又は脅迫の相手方と各窃盗事実との関連性等を綜合判断し、いずれの窃盗の機会継続中ともいい得るときは、それらの窃盗は全て右暴行又は脅迫と結合し、全体として一個の事後強盗罪を構成するものと解するのが相当である。

そこで本件についてこれをみると、判示第二について掲記した各証拠によれば、被告人は前判示のとおり窃盗の目的で小加部修方建物(階下は同人方事務所であり、二階は和田京子が間借りしている)の表南側戸口の旋錠をこわして階下に侵入し、右小加部方事務所で同人所有の現金四〇〇円を窃取したが他に金目のものもなかつたので、直ちに二階に上り、和田京子方居室の旋錠をはずして同女方に入り判示のとおり金品を窃取した際、同女が帰宅したので、被告人は慌てて階下に駈け降り、前判示のごとき暴行を加えて同女に傷害を負わせたこと、しかも、右暴行は被告人が階下小加部方における窃盗の際持ち出した同人所有の庖丁を使用してなされたものであること、小加部修方事務所と和田京子方居室とは比較的狭少な同一建物の階下と二階の関係であり、右暴行は同建物階下出入口(侵入口)附近でなされたこと、最初の小加部修方の窃盗から和田京子に対する暴行まで僅か一五分余の経過しかなかつたこと、夜間は同建物には和田京子が居住するのみで小加部修は不在であること、被告人も階上階下を含む右小加部方建物内における窃盗犯人として逮捕を免れる目的で暴行を加えたものであること、以上の事実が認められる。

してみると、本件小加部修方階下における窃盗と和田京子方における窃盗のみを見れば、窃盗罪としては併合罪とみる余地もあるが、被告人は両窃盗との関連で逮捕を免れる目的で和田京子に対し前記暴行を加えて傷害を負わせたものであり、該暴行はいずれの窃盗の機会継続中とも認められる場合であるから、その全体が一個の事後強盗致傷罪となるものとして認定した次第である。(近藤和義・鈴木之夫・萩原昌三郎)

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